来 歴


草ということば


ある朝
地上に生い出て
風にふるえている
あの小さな背丈を
草と呼ぶのではなく
すばやく
湿った土をなぞって
はびこり密集する
さかんな命を
草と名づけるのではなく

私の思いの中を
漂い続ける
かすかに緑なすもの
少しずつ
ほんとうに少しずつ近づいてくる
あの遥かな国からのもの静かな合図

それなのに
草と言いかけて
どうしても言いきれず
私の草を言いあてる
あの一つのことばは
なかなか誕生しない

まだ私が
声でないものとして
しりぞけている声

色でないものとして
見とどけることのできない色
形でないものとして
掬いとれないままの形

そういうふうにして
私の草は
まだ私が知らない
あたたかな闇の中で
目を閉じているのだろうか
それならば
私も目を閉じる
目を瞑って
私の草をみきわめるために

いつしか闇のむこうから
いっせいに溢れてきて
私をすっかり染め上げてしまう緑
草ということば

胸深くに萌し
時間の知恵を存分に吸い上げ
しなやかな力を養って生れ出る
どうか そんなことばを一つずつ

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